このキャンペーンのコンセプトは、「失望」です。
オバマ登場時に抱いた未来への期待感が大きかったこともあって、厳しい現状に直面している人たちに「あの時の期待値とのギャップ」を認識させ、「このままではいけない・・」と、方向転換を図らせようとする意図が見えます。
- 今も同じように子供たちはバスケット・ボールで遊んでいる。
- でも、その子供たちに未来を描かせる仕事がない。
- 働いている私たちでさえもリタイアするお金がない。
- 彼(オバマ)は変化(チェンジ)を約束した。「YES, WE CAN」と。
- でもアメリカはもっと借金まみれになってしまった。そして更に増税しようとしている。
- 私たちが期待したチェンジとは・・・
まあ、相手を責めることは容易でも、では「それでは、貴方はどうするのだ!」と問われればその答えがない。それが今の世界の現状です。誰も解決策を持てない状況に陥っているとしか言いようがありませんね。
以下は、ユーロッパにおける若年層(25歳以下)の失業率を示した図です。ドイツ以外は 20% を超えています。まあ、ギリシャは言うに及ばず、スペイン、ポルトガル、イタリアも仕事がないということが、一目瞭然です。
とにかく、若者の失業率がこれほど高くなると未来へ向ける意欲や、社会環境を肯定する意識が薄れて健全な社会が失われていくようで怖くなってきます。ここでも創造的破壊のようなものが求められているのかも知れません。
また、アメリカではこうした状況に加えて将来的に更に暗い影響を及ぼすと考えられる問題があります。それが学生ローンの増大という現象です。
米国における学生ローンの負債額は $867 Billion で、既に車のローンによる負債額やクレジット・カードの負債額を超えています。そして、その額は年々増加しています。米国の学生は大学を出た時点で既に大きな借金を背負っていることになりますが、それでも以前は大学を卒業したことで得られるメリットも大きく、企業に高収入で採用され、早い内にローンを返済できると言われていました。
しかし、現在(2012年)ではそうした大学を卒業した者でも就職に在りつける割合が約 50% しかありません。高い学費をローンで組んでも仕事がなければ意味がないという状況となっています。特に米国の学生ローンは個人破産しても免除されません。そのため生涯その返済を迫られることになります。
仕事がないままで、負債を抱え、ブラブラしている若者が増え続けることは国力そのものを失っていく結果ともなっていくでしょう。未来は非常に暗いと言わざるえません。
アメリカ各州の財政状況が悪化し(特にカリフォルニアは最悪)、さらに連邦レベルでの財政も危機に瀕している状況のアメリカでは「政府が破産する」という瀬戸際に追い込まれていますが、それでも雇用創出のための景気策を繰り出さなければ「増税」を簡単に国民は認められないでしょう。
さあ、では、どうするのか?
もちろん、こうすれば良いというような案が私にある訳ではありません。しかし、これまでの定説や理論が本当に正しいのか、特にマクロ経済理論は現在の世界の状況を既に説明できないのではないか、これまでの常識に捉われることこそが失敗を重ねる原因なのではないか、と疑ってみることも必要だと感じています。
- 高齢化の問題は、結局は養うべき人が増えるということ。
- 人口が急激に増加する地域があるということは、将来の養うべき人の増加と共に、雇用確保のための政策が必要になるということ。
- グローバル化するということ(グローバル化してしまったということ)は、国境を越えて賃金の安い処へ仕事が流れるということ。
- マネーは既に国境を越えて移動可能であるということ。
- インターネットの普及により、世界中どこからでも仕事が出来る環境が更に整備されていくということ。
- コンピュータ技術の発達により、個々の作業の生産性はこれからも上がり続けるだろうということ。
- そして、未来のアフリカ地域が現在の中国のような「世界の工場的機能を果たす」までにはまだ時間がかかるだろうということ。
「チョー単純化して」考えれば、この繰り返し作業は地球全体の生活コストが一様化するまで続くことになります。つまり、グローバル化することによって地球全体が究極の社会主義化の方向に進み、人類の生活は最終的に一様化することとなります。ここでいう一様化とは大雑把な意味ですので、その中でも利権・権益を持った一部の富裕層は極めて大きな富を得ることとなり、ごく一部の「スーパー富裕層」と、その他の世界的に「一様化された貧困層」とに2分されることになります。
「一様化された貧困層」の生活レベルは、世界の GDP の半分を僅か数 % の「スーパー富裕層」が獲得すると仮定すると、(世界の GDP * 50%) / (世界の人口) 位になるのでしょう。
アフリカやその他の貧困地域から見れば随分と裕福になったと感じるでしょうが、現在の先進国で生活している者から見れば、とんでもない生活レベルの低下になると思われます。
「チョー単純化」した話ではありますが、現在の世界の状況はこの流れであると言えます。「スーパー富裕層」は完全にグローバル化されていますので、その眼には国の区別はありません。従って、どの国の貧困層という認識ではなく、全体として貧困層が存在すればそれで良いということになります。
雇用とマネーが簡単に国境を越えてしまう状況になっているのに、各国が個別の税金処理や、国債の発行、景気対策、個別の法律で運営しているのでは、全体という現実を表していない無駄な処理に時間と労力をかけているだけになってしまいます。
どれだけ国内向けに景気対策を打っても、その資金が海外に流れ、更に安い賃金で生産されて国内に戻ってくるのでは国内に雇用は生まれません。逆に低価格商品が市場に出回ることで、他の競合企業が潰れ、雇用は更に失われることになります。儲かるのは、海外に出た企業ですが、その国での売上に対する税金が元の国に戻ってくる訳ではなく、外貨のままで国外に蓄積されることとなります。つまり、元の国の国民は頑張っても頑張ってもデフレの罠から逃れられないことになります。
結果として、税収が足らなくなり、収入が増える見込みがないにも拘らず「福祉のため」という綺麗ごとに惑わされて「増税する」という「馬鹿な政策」に帰着することになります。
バケツの底に穴があいて水がドボドボと漏れて流れ落ちているのに、バケツに穴がないことを前提とした政策を続けているようでは悪い結果しか生まれません。残念ながら水は高い方から低い方へ流れますので、漏れた水がバケツの外側に溜まって、元のバケツの水位と同じになるまで水は流れ続けます。その穴を塞がない限り漏れは止まりません。結果としてバケツの水は空っぽになってしまうでしょう。
極論的ですが、生産性が 5倍になった場合、マネーの供給量も同じく 5倍にしなければ生活水準を維持することは難しくなります。もし人口が 2倍になれば、同じくマネーの供給量も 2倍になる必要があるでしょう。国外へ流れ出た資金で生産し、その製品を販売して得た利益は、元の国へ必ず還元されなければ収支が合いません。また、その生産に関わった他国の作業者の収入からも所得税を徴収するような考えも必要かもしれません。
このような「とんでも論」を言うと、「そんなことをしたらハイパーインフレになって大変なことになる・・」と言われそうですが、リーマンショックの後、世界中(日本以外)がマネーを刷りまくってきましたが、ハイパーインフレなど何処にも発生していません。数字としての各国政府の債務が増加しているだけです。これは各先進国のバケツに穴が空いているからでしょう。
日本の場合(日本の財務官僚)はこの数字を「国の借金」という言葉で国民を騙して増税しようとしていますが、正しくマネーが回っていないのに、この数字の部分だけを捉えて国民に無理を強いるのはもうほとんど犯罪ですね。相手が無知なら幾らでも騙して良いと言っているようなものです。
それでも、ギリシャの不真面目さと、怠慢、自分勝手な考え方や、エエとこどり体質に対しては、「まあ、ちっとは我慢しろ!」と言いたくなりますが(ギリシャ人はあんまり働かないのよね、実際に・・)、数字だけが膨らむ今の世界の状況の中で、偏った論理による緊縮財政をユーロ各国に強いるのはやはり問題でしょう。ユーロ体制を守るならドイツもバケツに穴をあけて皆と一緒に生活レベルを下げなければいけません。そうでないなら今の世界の論理の間違いを認めるべきです。
とにかく、古典的な一国を基準した論理ではもう説明できないところまで私たちは来てしまったのでしょう。そう考えれば、グローバル化を進めた「ごく一部の世界のスーパー裕福層」に我々は上手いこと騙され、知らないうちに搾取される奴隷の身分となってしまったとも言えます。しかし、世界のからくりがもっと沢山の人に知られ、世界の人々の見識が高まってくればこうした大きな問題も解決する方向へ向かうでしょう。と、少しだけ期待しておきます。























