2012年1月30日月曜日

政治の衰退は何処も同じ、どこが未だマシかを争うしかないのか・・

・・いや、元々政治とはこのようなもので私たちがその実態を知らなかっただけなのだろう。

ご存じのように、オバマ米大統領は1月24日(日本時間25日)The State of the Union(一般教書演説)で、米国民に対し大衆(金持ち対象ではない)重視の経済ビジョンを示しました。富裕層に対する大幅増税、住宅ローン関連危機に関する新たな対策、国内製造業のてこ入れ等、オバマ大統領の政策リストは、税制、広範な経済不平等の解決案など生活に苦しむ国民を守る者としての立場を表現しました。しかし、これらの聞こえの良い演説はやはり次の大統領選挙に向けたものとして聞こえてしまいます。

前回の大統領選挙では、共和党のブッシュ政権が作ったツケを一掃するが如くの切れ味の良さがありましたが、これまでの経済政策の結果が思ったように行かなかったこともあって、どことなく、さりげなく、上手く行かないのは大統領の政策を邪魔する「議会」が悪いのだというイメージを醸し出しながら、上手く逃げを打ち、その中でも共和党の対抗馬よりも期待値が高いという印象を付けるようなものに聞こえます。

以下はその The State of the Union でのオバマ大統領の演説です。まあ、長いですから時間のある方は見て・聞いてみてください。



それでも、「消費税増税」こそが日本のやるべきこと・・と、自らが選挙演説で宣言していたことの真反対の政策を本気になってやっている日本の「泥鰌」よりは遥かにマシに聞こえます。

以下は最近ネットで流れている野田総理の選挙前の街頭演説です。まあ、当選し、総理になったら、嘘でも何でもやり放題・・という確信犯ですね。





「天下りを無くす」と言っていた「一丁目一番地の政策」がいつの間にか「デフレ下での・・消費税増税」というものに代わっている暴挙ですね。

その時その時の人の心を捕えるという術にかけては卓越した能力があるのでしょう。如何にも実直そうに見せ、如何にも愚直にも真直ぐに進むかのように見せ、実は、何処に行ってもその時のその時の相手に迎合してその場の雰囲気を作り人心を惹こうとする。

まあ、早い話、偽善を武器にした八方美人型・詐欺師かも知れませんね。「あっち」で言ったことと「こっち」で言ったことの整合性がありませんから、常に何事も調整するしかないのですね。これを調整型の政治家と世間は言うのでしょう。今は総理の職と財務省という官僚身分(真の統治者)との利害調整作業の結果、「消費税増税」に命をかける・・ということになっているのですね。もうあの選挙の時のように目の前に国民は居ませんから、目の前にいる官僚に対して八方美人を行っているという結果です。

この後、衆議院解散となり政権与党から追われた後、またどんな選挙演説をすることやら・・・。とにかくこうして国民は何時も政治家に馬鹿にされているのです。

話をアメリカに戻しましょう。オバマ大統領の一般教書演説にも再選を意図した内容が多く、ラテン系アメリカ人や女性、ウォール街に抗議するグループ、労働者、環境保護主義者など、あらゆる投票者層に訴えかける政策が盛り込まれていました。しかし政策内容の聞こえが良くとも最終的には議会がそれを承認しなければ実現しないものも多く、現実的なのかどうかには疑問符が付きます。細かい点はこれからの選挙戦の中で共和党候補者とのディベートなどを通して明確になっていくでしょう。

その中でも注目すべき項目は以下のようなものです。

1.製造業復活のための政策(優遇税制)
2.富裕層への増税
3.天然ガスの活用(シェールガス)
4.中国対策
5.研究開発・教育・インフラ開発


どれももっともな政策です。全てをここで細かく検証することはできませんが、「製造業復活」というのが今の米国にとってどれ程困難であるかを示すようなビデオが New York Times から The iPhone Economy というタイトルで公開されています。 以下がそのビデオですが、現状がここまで進んでしまった以上そう簡単に製造業が米国に戻ってくるとは思えません。




サービスに従事する 86% に対し、製造業で働く人はすでに 14% にまで下がっています。はたして優遇税制だけでこの流れを取り戻せるでしょうか?

一度出て行ってしまった工場を元に戻すためには、そこで働く人に対する教育や意識改革など多くの課題をクリアーしなければなりません。The iPhone Economy のビデオでも表現されていますが、既に中国や東南アジアでの作業者の質が上がり、単に安かったという時代は終わり、ある程度の技術レベルを保有するようになった現在、米国基準でみてかなり低い賃金でなければ世界で製品競争力を発揮できないでしょう。

そのためのドル安政策であると見れば現在の為替レートも納得出来るものがありますが、それで製造業を復活させるとなると、1ドル=30円位になってしまい日本はその煽りを受けて大変な事態となってしまいますね。

もしそうなれば、日本の工場が皆米国に引越して、そこから世界へ輸出・・・などということも起こるのでしょうかね。米韓FTA が締結されれば、米国製のトヨタ車が米国から韓国に輸出されるだろうという見方もありますので、あながち絵空事でもありませんね。


上の図は「シェールガス」の今後を表したグラフです。これまでの天然ガスに代わり米国には「シェールガス」を今後大量に採掘出来ることが分かっています。以前は採掘が難しかった「シェールガス」も技術革新によって安全に効率良く取り出せることとなってきました。

20世紀における世界の動向は、石油資源をめぐるエネルギー覇権獲得の戦いでもありましたが、アメリカは「シェールガス」を自前で調達できる目処が立ってきたことから国策としてのエネルギー政策を変えてきています。イラク、アフガンからの撤退や中東・アフリカ諸国への関与の度合いなどもこうした背景から生まれてきています。

現在は次期大統領選挙の前半戦ですが、米国における世論調査の一部を見てみましょう。

以下の図は WSJ/NBC News によるオバマ大統領と共和党候補とのレース状況です。
お互いに勝ったり負けたりで、まだその優劣は分かりません。


以下の図は RCP Average による共和党候補者のレース状況です。
現在は、ニュート・ギングリッチ氏とミット・ロムニー氏の戦いになってきています。これも上がったり下がったりで、まだまだ決着が付くまでには時間がかかりそうです。


世論調査はそのソースによってそれぞれ大きく結果が異なりますが、それでもこのように一括していろいろな調査結果がグラフで見られるというのは政策判断をする上でも有効に機能するでしょう。

Election 2012 のサイト

オバマ大統領の演説が一般大衆向けに偏っているということは、ある意味で米国はこれからなりふり構わず米国の国益追求のための政策を繰り出してくるということです。オバマの一般教書演説の次の日の25日、アメリカの中央銀行に当たるFRB=連邦準備制度理事会は、物価の上昇率が2%となることを目標に金融政策を運営していくことを決め、将来の金融政策の見通しを公表しました。これは即ちインフレ目標を設定したということです。またFRBは事実上のゼロ金利政策を解除する時期を、これまでより1年余り先延ばしし、少なくとも2014年の遅い時期まで続ける方針でもあります。

これは日銀の政策とある意味真逆の政策です。バーナンキFRB議長は会見で「長期的なインフレ率は主に金融政策によって決定されるため、FOMC(連邦公開市場委員会) はインフレの長期的な目標を具体的に定める能力がある。」と言っています。 日本の失われた 20年は名目GDPがデフレによって減少し続けてきた 20年だとも言えます。 デフレにより経済規模が縮小し、雇用も縮小し、多くの企業の売り上げが減少してきました。日本経済の長い低迷の理由はこのデフレが主たる要因です。  

FRB議長は、「デフレは、金融政策によって中央銀行が自由にコントロールできるものであり、デフレを是正し、適切なインフレ目標値を設定することが中央銀行の大切な役目だ」と述べています。しかし、日本銀行はこれまで、デフレを脱却することに消極的で殆ど何もやっていないような状況です。

巷には「日本がインフレ積極策をとれば、多額の債務を抱える日本政府や国債が金利上昇によって、破綻し、超インフレになる」と言う人が沢山います。しかし、現在デフレが進行している日本でインフレ積極策をとっても実際にその効果が出るまでにはかなりの時間とステップが必要です。引き締めは経済が適正化してから行わなければなりません。FRB はその時期が 2014年の後半からと言っているのですね。

デフレ状況を放置したままで、税収確保のために増税をするとどうなるか?
減収しているなかで増税したらもっと税収は下がるでしょう。その状況で赤字国債を発行し、その殆どが公務員の給与に消える。もうギリシャと同じ状況ですね。更に米国はゼロ金利政策の解除を先延ばしするのですから、円高、ドル安は更に続く可能性が高いでしょう。

米国の政策を見ながら、日本の政策の可笑しさを憂う毎日はいつまで続くのでしょうか?
2012年が何かの起点となり、詐欺師のカラクリが見え、世界が適正な方向に進み始める年になって欲しいと願っています。
 
 
 

2011年12月31日土曜日

2011年、未来の扉は少し開いたか?

振り返れば多くの困難に直面した 2011年 でした。何と言っても東北地方を襲った未曽有の大震災、地震・津波の被害に留まらず原発事故の衝撃は地球そのものの未来への警鐘として世界に大きな教訓を与えました。

しかし、災いあればこそ私たちはそれを克服するために立ち上がり、知恵と経験を積み重ねて進化してきたと言えます。未来の扉はそうした努力の継続によって少しずつ開かれていくのでしょう。

2011年の出来事を追いながら、開き始めたと思える未来の扉をのぞいてみましょう。

1.東北大震災


地震とそれに連動する津波の恐ろしさは、私たちに歴史の教訓を軽んじていけないこと、「備えあれば憂いなし」という諺に含まれる意味をあらためて教えました。また、ボランティア活動の大切さと共に、ボランティアをコーディネートする体制がなければ善意も上手く活用されないということ、合わせて自衛隊や米軍の支援など、訓練され統率された部隊の活動が救援や復旧工事には必要だということ、こうした訓練された組織を常に維持していけるような体制が求められることなども分かりました。


自然と共存して生きる大切さや災害の経験を未来に生かすこと、貴重な経験を世界に発信することなどが失われた多くの命に応える私たちの使命であることも教えられました。

同時に政治の不甲斐なさ、取り分け政治家の資質そのものへの大きな疑問が名実のもとに晒されました。いざという時に「ただ周りに当たり散らすだけの大将」や「自己保身のために・・当面は大丈夫・・としか言わないスポークスマン」、

天皇皇后両陛下がまさにそのままのお姿で被災地に赴かれているのに対し、


完全防御体制を固めて「我が身かわいい」だけの政治家など、「国民のため」と言う言葉が真に「口だけ」であるということも完全に露呈されました。



大多数の国民による地道な努力とは無関係に、政治、行政、官僚、役人、大企業、そしてメディアという支配階層がそれぞれの利権・私利私欲のために国そのもの(国民の富や財産、税金、勤労・奉仕活動など)を貪り食っている姿が普通の人たちにも見えるようになってきました。


震災復興のためには増税しなければならない、消費税も上げなければならない・・、などという尤もらしい説明は、まず、官僚、公務員、政治家の収入を国民並みに下げてからにすべきでしょう。

景気回復への取り組みも何も行わないままで、国民から税金だけを搾取する今の日本の姿は民衆の立場に立てば、ユーロの公務員天国ギリシャ、次々と倒れていくアラブの独裁国家と同じです。

全てのメディアが同じ内容(論旨)しか伝えない日本社会は、あたかも自由があるかのように国民に信じ込ませながらも、実態は見事に言論統制され何も知らされていない国民がただただ働かされている社会であるということが漸く少しずつ見えてきました。統制され検閲されたニュースではなく、インターネットを介して流される真実の姿から新たな扉は開かれていくでしょう。



2.アラブの春

チュニジアの「ジャスミン革命」から始まったアラブ地域の革命運動は、その後エジプトへ広がり29年に渡って独裁的な政治を行ってきたムバラク大統領を退陣させるという民衆による革命が起こりました。


長期独裁政権が民衆によって倒されるという事態は、アラブ諸国では殆ど起こり得ないと考えられていましたが、不可能と思われることが現実に起こるという事実はかつてのベルリンの壁の崩壊にも匹敵する出来事でした。長期独裁と貧富の差、食糧事情(価格の高騰)の悪化、若者を中心とする高い失業率などの要因に加え、警察権力の乱用などに対して民衆が蜂起した姿は、アラブの国であってもやはり国民あっての統治なのだということが認知されてきたと言えるでしょう。

ムバラク政権が倒れた後、「まさか」と思われる事態、リビアのカダフィー政権の瓦解が起こります。


1969年カダフィー大佐がクーデターによってリビアを掌握してから42年、米国や当時の西側諸国に対して数々の言動や事件を起こしながらも石油資源を元に生き延びてきた体制も彼の死をもって終わりを迎えました。

独裁政権を倒すという意味ではこれも「アラブの春」と見えますが、チュニジアやエジプトとは違って豊富な石油や天然ガス資源を背景として「富」がある程度国民に配分されていたのも事実です。しかし、反政府活動に対する厳しい監視や弾圧があったことも事実であり、反対勢力が国際的な支援を徐々に取り付けてカダフィー政権は追い込まれていきました。

反対勢力を弾圧するという行為に対して、国際的な批判が高まり様々な反政府運動が誘導されました。リビアに対する国際的な駆け引きは状況を更に複雑化させ、結果として他国による軍事介入を招き、戦局を長期化させながら政権そのものが崩壊していきました。

独裁的な政権はその支配が長くなりすぎると内部に腐敗分子が生まれたり、不満勢力による活動が活発化したりして潜在的な政権崩壊の下地が出来上がって行ったとも考えられますが、リビアに対してはチュニジアやエジプトと同じ論理を当てはめることはできないでしょう。

一見すると(タイミング的には)「アラブの春」と言われる民衆蜂起のうねりに乗って、独裁政権が倒されたようにみえますが、その奥に潜む国際的な駆け引きは複雑です。カダフィーはクーデター達成後から常に欧米諸国とは対立的な立場を取ってきましたが、汎アラブ主義を掲げ、アフリカ連合を構想する頃(2002年)からアフリカ全土の独立の道を模索するリーダーとして活動しています。



石油や天然ガス資源が豊富にあるということはリビアには資金源があるということです。カダフィーはそれまで欧米に独占されていた通信衛星に関する権利をアフリカ諸国が自分たちで行使できるように、独自の衛星を打ち上げています。これはアフリカ諸国が自分たちで通信インフラを持ち、自分たちの都合でコミュニケーションできる手段を手に入れたということになります。それまでは莫大な使用料を欧米諸国に支払う必要がありました。

また、カダフィーは IMF に代わるアフリカ諸国向けのアフリカ通貨基金 AMF の設立を目指していました。AMF が設立されるとアフリカ諸国が経済支援を IMF に委ねる必要がなくなります。つまり、IMF (欧米の機関)の経済・財政的支配から解放されることになります。


更に、アフリカのナイジェリアにアフリカ中央銀行を設立するという構想があります。アフリカ中央銀行ということは、アフリカ全土で通用するアフリカ独自の通貨が発行されるということです。

合わせてアフリカ全土に投資できるアフリカ中央投資銀行の設立も構想されていました。これらの構想は結果として欧米からの経済活動を止めることとなりますが、基本的な考え方はアフリカ諸国そのものの独立です。カダフィーがこれらの設立資金の殆どを提供することとなっていました。

こうして見ると、アフリカ全土に跨る莫大な権益を持つ欧米諸国からカダフィーが狙われるのは当然の結末です。

欧米諸国は「民主化」を強制しながらも時として独裁政権を裏からサポートしたりします。これは独裁政権を温存させることで、その地域を常に紛争がある状態にし、国同士が連合しない状況を作るとともに、内部で起こる自由化の波を鎮圧させるためでもあります。アラブの独裁政権とはその裏で欧米諸国に操られた政権でもあるということになります。

2011年から始まった「アラブの春」とは、独裁政権を裏から支援する欧米の力が衰えた結果でもあります。しかし、カダフィーが率いたリビアはそうした欧米の傀儡ではなく自らがアフリカの独立を支援するという意志を持っていました。


「アラブの春」という「うねり」の中でカダフィーのアフリカ独立構想は「民主化」とは別の論理で抹殺されたと見ることができます。本当は誰が悪いのか、よく考えなくてはいけません。

現在「アラブの春」はシリアにおける内乱へと発展しています。アサドの独裁は誰もが知るところですが、その奥に隠された真意はどのようなものなのでしょうか?


3.ウォール街を占拠せよ


Occupy Wall Street というスローガンで集まった一連の抗議運動は、2011年7月に呼びかけが始まり、9月17日にデモに賛同する若者がウォール街近くにあるズコッティ公園にて集会を行ったのが始まりで、デモはウォール街からシカゴ、サンフランシスコ、フィラデルフィア、ボストン、ロサンゼルスなど全米各地に広がり、米国以外の国でも同様の行動が続いています。

参加者に政治的な統一感はあまり見られませんが、米国における上位1パーセントの富裕層が所有する資産が増加し続けている状況に対する是正がその根底にあります。以下はその実態を説明する内容です。


  • 1979年から 2007年にかけて米国の上位 1パーセントの人達の収入は平均で275%増加しているが、60パーセントを占める中間所得層の収入の増加は40%に留まっている。また、下位20パーセントを占める低所得層では18%の増加しかない。

  • 1979年と比較すると、下位90パーセントを占める世帯の平均収入は900ドル低下しているが、トップ 1パーセントの収入は、700,000ドル以上増加している。

  • 1992年から2007年にかけて、米国における高額所得者上位400名の収入はおよそ4倍上昇しているが、平均税率は 37%低下している。

  • 2007年において、最も裕福な 1パーセントが合衆国の全ての資産の 34.6%を所有し、次の 19パーセントの人口が 50.5%を所有している。

  • 2007年にはトップ 1% が所得全体の 23.5% を稼ぎ、ボトム 90% は全体の半分しか稼いでいない。

  • 1960年代には、企業トップの平均収入は従業員平均の 35倍でしたが、去年は 350倍まで所得差がひらいている。


いろいろな統計的見方ができますが、とにかく米国の殆どの富をトップ 1% が所有しているということです。リーマン・ショック後に様々な経済政策が実施されました。その結果、米国の実質GDPは完全に回復しましたが失業率の方はなかなか低下しません。破綻したアイスランドよりも高い状態です。米国は経済成長しても雇用が回復しない「雇用なき回復」状態となっています。


中間所得層が年々消滅して行く中で、大学を卒業しても就職できない若者が街にあふれています。こうした状況を背景として反格差運動が燃え盛っている 2011年の米国です。格差が広がれば米国と言えども暴動が発生し、革命がおこる可能性があります。

「俺たちの政府は、企業に買収されている」「中間層と貧困層は奴隷にされている」と叫びながら反格差運動を続ける若者は、まさにグローバリズムという金融・経済政策の歪が生み出した弱者です。

企業は生産性を上げ、コストを下げるためにシステムを導入し、国境を越えて労働力を確保します。結果として企業は利益を上げますが、労働が機械やソフトウエアに代わり、また単純作業は賃金の安い国に出ていくため国内や関係国には失業する人が溢れます。

裕福層はその持てる富を活用(ロビー活動)して国の政策を有利に変更し、利益を上げられる低賃金の国で生産し更に富を獲得しているということです。「人件費の安い中国などの国々に仕事が出て行ってしまった」「アメリカは中国から失業を輸入している」と彼らは訴えているのです。

オキュパイ運動は経済的に勝ち組となっているドイツでも盛んになってきました。ドイツで運動をしている若者は「ドイツが勝者になることで他の国に貧困と失業を輸出している」「金融部門にもっと規制をかけるべきだ」と主張しています。

こうして見ると、どの国が勝者で、どの国が敗者になっているか・・ということではなく、国境を越えて金融資本が瞬時に移動するグローバル経済下では、国際金融資本や、俗に言う「グローバル企業」と呼ばれる多国籍に活動する企業群が常に勝ち組となり、一つの国の中でだけで活動する企業は結局負け組になるということですね。

但し、勝つのは企業(経営者、株主、オーナー)であって、企業の従業員ではないというところが味噌です。勝ち組企業の従業員であっても、その作業が労働コストの安い国の作業員に取って代わられるものならば、その仕事は安い国に移動し、その従業員は失業することになります。また同じ作業がロボットやソフトウエアで代替え出来るならば、やはりその従業員は失業します。

企業から見ると生産コストが下がることで製品の価格競争力が高まり、売上や利益が拡大し業績は上がりますが、雇用は更に減ることになります。結果トップ層だけが富を得るということです。



1990年代から広まってきた金融・経済のグローバリゼーションは多国籍企業やグローバル企業を富ます結果となりましたが、その半面、失業を世界的に広め、格差を広げ、企業の利益を国外に放出することとなり(その国の税収にならない)、投資・回収活動にしか目が向かない仕組みが容認され、自国文化が破壊される、という現象になりました。

ただ盲目的に「グローバル」という言葉に釣られてきた歳月と「失われた20年」と言われる期間が妙に一致しているのは偶然なのか、構造改革という名の基に実施されて来た「規制緩和」や「民営化」などは、結果としてグローバル企業が収益を上げるための土壌作りだったのだということがはっきりと見えてきた2011年だったと言えます。



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迎える 2012年はこうした世界の富裕層が作る潮流に流されることなく、全ての国の国民が自分たちの力で自分たちの未来を作ることを始める年となって欲しいと思います。

特に日本は政治がまったく機能していない国です。国民は選挙で選んだ政治家が国の政治を行っていると考えていますが、実は政治はすべて官僚が行っているのであり、政治家は官僚の言いなりでしかなく、官僚が政策に失敗した場合に責任を取って辞めるだけの存在でしかないということ。

選挙は日本が民主主義の国であり、国民の意見が国政に反映されているというように国民に思わせるために実施されるのであって、政治は政治家の意向とは関係なく、決して失業する心配のない、永久にその身分を保障された官僚の思惑通りに行われているという事実を大多数の国民が共有することが日本を改革する第一歩になるでしょう。

国民がどれだけ苦しんでも、効果のある景気対策を行う訳でもなく、公務員の給与と身分は守り続け、とんでもない円高を是正することもなく、復興財源が無いと言いながら他国の国債を購入したり、挙句の果てに電気代の上乗せや、デフレ環境での増税や消費税を上げて更に景気を悪化させる。マニフェストは選挙において国民を騙すためのまやかしであり、政権を取ればマニフェストには全く書いていない TPP や増税を行う。

ここまで国民を馬鹿にした政権はないでしょうが、それは今の政治家が政治を行っているのではないからそうなるのです。官僚に支配された政治ですが、その官僚を更にコントロールしているのが、国民には見えない「横田幕府」です。2012年はこの影の幕府の存在が国民の目に晒される年となって欲しいと願っています。

2011年11月30日水曜日

大阪からの改革


大阪ダブル選挙で、大阪維新の会は民主、自民、公明、共産、更に各種政治利権集団の野合という正に政治翼賛集団に打ち勝ちました。個々の政策そのものの今後の推進状況に対して大阪府民はその動向を注視する必要がありますが、なによりもこれまで蔓延ってきた利権の仕組みにこれで漸くメスが入れられることは、日本全体の利権構造を打破する上にも非常に意味がある結果となりました。

民主党政治が国民に失望と憤激しか与えていない現状を見るにつけ、本当の政界再編の兆しが大阪から生まれそうだという大きな期待を抱かせる出来事です。

民主、自民、公明、共産党までが結託して自らの支持組織(自治労、日教組、解放同盟、民団)の利権を守ろうと行動し、結局「独裁批判」やネガティブ・キャンペーン(マスコミのバッシング)しか行えない既得権益集団には、はっきり言って「語る言葉が無い」ということが誰の目にも明らかでした。

非正規雇用50%という不安定な労働状況、
結婚も子供も産む気になれない、
人生設計を描けない青年の状況、
不正な生活保護を受給している人口の多さ、
必死で働く者よりも生活保護を受けている者の方がリッチで優雅な暮らしをしている実態、
人員削減や経費削減の出来ない行政の仕組み、



もう若者やまじめに働く者が馬鹿を見るような全く未来に希望が持てない社会となっていることに目を向けようとしない既存の利益集団をノックアウトしたと言えます。




マスコミのバッシングには「えげつない」ものがありましたが、それを「結構毛だらけ」と逆にパワーにしていく位でないと改革など出来ません。既得権益でがんじがらめになった構造を改革するには、坊っちゃん育ちの 2世議員や、業界団体の代表などでは不可能です。Nothing to Lose (失うものは何もない)という状況から這いあがった者でなければ出来ません。これはあの「コンピューター付きブルドーザー」と言われた田中角栄を彷彿とさせてくれます。今後の政治活動には幾多の困難があるでしょうが、今この時代に「大阪維新の会」のような地域政党が独立して生まれ、そこに民意が惹きつけられるその意味を全ての国民がしっかりと理解することが、日本の未来を作る大きなきっかけになるでしょう。

橋下氏は当選直後に 3時間を越える質疑応答をメモ無しで、理路整然とこなしています。これと同じことを今の国会議員で出来る者は殆どいないでしょう。官僚の下書きを読むだけで自分の言葉・意見・政策が無い、それでは単なる官僚の神輿の上で踊るだけの人形です。橋下氏は「独裁」と批判されますが、「無能」とは言われませんね。振り返って、今の既存政党は「談合」しかない「無能」の集団のようです。

日本の政治は実は政治家が行っているのではなく、官僚がその身分を保障された状態で政治家を使って行っているということをこのブログでも何度か述べていますが、政治家が政治屋となり、世襲制度の中で政治が稼業となった現在では、自らの稼業を守るために官僚の言う事を聞き、支持団体(自治労、日教組、解放同盟、民団、など)の言うことを聞き、国民にその真実を知らせないようにマスコミの力を総動員して情報を捏造・操作している実態が少しずつ明らかになってきました。

しかし、この実態をもう少し詳細に見るとそこには、決して結果責任を追求されることのない官僚・役人が全てを仕切っている日本の仕組みが見えてきます。

日本では、国民に我慢を強いるために法律が施行されても、役人は常に身分が保障された状態で守られる。

法治国家という名の基に行われている見せかけの民主主義、役人階級・役人身分による統治国家となっているのですが、それを理解している人の数はまだまだ少ないでしょう。

大阪維新の会は公務員の身分制度に関して警告を発しています。これはこれまで政治上のタブーでもあったのでしょうが、そこを真っ直ぐに突くが故のメディアからのバッシングですね。民主党政権になってもう 2年が経ちましたが、公約であった公務員給与の 2割削減も、公務員制度改革も何にも手を付けていません。これも民主党が常に 2枚舌で国民を欺いている証拠ですが、元々能力のない国会議員に今の官僚や役員を操作できる訳がないのですね。


結局のところ、国民が本当に改革して欲しいものは、無能な政治家よりも公務員の身分制度、それに癒着・結託したメディアなのです。この構造を改革しない限り、選挙区から良さそうに見える政治家を国会に送り出しても、官僚の手玉に取られて国民の役には立ちません。つまり選挙で選んだ意味も無いことになります。

国民の声は決して政治に反映されることなく、役人の身分保障のために税金が使われ、官僚が自分たちの権益を守るために作った政策に政治家が盲目に従うという「茶番劇」が毎日の如くに日本全国の役所や議会で行われているようなものです。

しかし、大阪は今回の選挙でそうした大きな壁を破る選択をしました。これは既存メディアが敗北したと言っても良い現象で、今のマスコミ(新聞、TV など)が国民に信頼されていないという証明です。これを小さな出来事と捉えるか、大きな潮流と捉えるかでメディアが今後民意を得て生き残れるか、逆に国民に背を向けられて捨てられるかの分かれ道となるでしょう。


大阪における維新の会の圧勝は、日本再生の動きとなるはずです。橋下氏の政策全てが正しいとは思っていませんが、日本の政治機構の闇を焙り出し、正しい情報を国民に知らしめ、日本人が自分で将来の選択ができる世界を作っていく第一歩となって欲しいと思っています。