このニュースを読んだ時の正直な感想は「え!、まさか? あのロードランナーよりも早いスパコンが出て来るのか? そしてそれが Cray だって??」というものでした。
Cray は最近「パーソナル・スーパーコンピューティング」とでも言うべきなかなりナイスな政策を打ち出していて、これからのパーソナルクラウドを考える上で非常に注目度の高い企業だと考えていますが、スパコンのランキングで一位に返り咲くというようなことはもう無いだろうと考えていました。その昔、「スーパーコンピュータと言えば Cray」「Cray と言えばスーパーコンピュータ」と言っても良い時代があり、その時代を経験している者とすると「今更あの世界には戻れないだろう」と勝手に考えていたのですね。
で、その Cray ですが、Jaguar - Cray XT5-HE というシステムで、米国オークリッジ国立研究所で 1759 TFLOPS というトンデモナイ能力を叩き出しています。「そんな、馬鹿な!」と思いつつ色々な情報を見ていくと「成る程・・Cray いや アメリカらしい・・」という結論に落ち着きました。

新しいランキングを良く見ると、第三位にも Kraken - Cray XT5-HE という Cray のマシンが入っています。
で、何が Jaguar を第一位に押し上げたのかというと、これまで使用していた米 AMD 社製プロセッサーの 4 Core Opteron を 6 Core Opteron にアップグレードしたということですね。CPU の Core 数が 4 -> 6 へと増えたことによる能力の向上が上手く機能した例と言えそうです。Core 数とは 1つの CPU に搭載されている Core の数ですから単純に計算すると能力は 1.5 倍になります。Jaguar にはこの AMD 社製の CPU が約 3万7376個使用されその Core の総数は 25万5584個となっていますので、総合計ではかなりの能力向上に繋がったということですね。
Opteron そのものは 2.6GHz で動作させていますので、市販の PC と変わりありませんが、これだけ大規模に CPU を接続させるとロードランナを上回る性能も出せるということが証明されたことになります。
ちなみに IBM のロートランナーはブレードによるクラスターサーバーで 1万2240個の Cell CPU と 6562個のデュアルコア(2コア)AMD Opteron が繋がっています。この Cell CPU はお馴染みのゲームマシン PLAYSTATION 3 に入っている物(全く同じではない)の倍精度浮動小数点演算能力を引き上げたタイプですが、これも市販品に近いものを数多く組み合わせて構成したものと言えます。

計算能力を上げるにはクロック数を上げて行けば良い・・ということで「ひたすらそのスピードを上げて来ましたが、それが 3GHz 辺りで限界に達し、その後は CPUを並列に繋いで同時並行処理を行えばよい・・ということでマルチコアになって 2個 - 4個 - 6個 - 8個 --> と展開している」のが市販されている CPU の世界ですから来年か再来年には Jaguar が再度そのトップスコアを塗り替える可能性もありますね。
ちなみに AMD は 6 Core の次は一挙に 12 Core へジャンプするということを既に発表していますので、その時には現在の Jaguar のスコアーは更に倍になるかも知れません。
これは非常にアメリカらしい「単純処理を力技でやり切ってしまう」という面白い展開ですね。ちなみに以下のビデオでは Cray のエンジニアがどうやって 4 Core CPU を 6 Core CPU に変更するか、これを何日でやり上げたか・・ということが見れます。
「1枚の基板のアップグレードにかかるのは 5分程度だ」「全部をアップグレードするのに一週間もかからなかった」と言っています。
「いや、私なら 4分で 1枚を交換するぞ!」という人もいるでしょうが、これが今回のスパコン・ランキングが更新された重要なアップグレード処理だったということですね。
日本には暫く前までランキングで一位を獲得していた「地球シュミレータ」というスーパーコンピュータがあります。この日本製のスパコンはベクトル型に分類され Jaguar や Roadrunner のようなスカラ型と言われるシステムとはその内容が異なっています。地球シュミレータがデビューした時に世界はその能力に驚いたのですが、特に米国に与えた衝撃は大きかったでしょう。米国は競争で負けることを極端に嫌いますので、何が何でも一位を取り返すとばかりに国策で(と言っても単純な予算の額ではない)Roadrunner を作ったと言っても良いでしょう。
元々日本の「地球シュミレータ」はランキングを獲得する目的で開発された訳ではありませんが、様々な技術と工夫を凝らした結果、ベクトル型という非常に複雑な技術を要求される仕様にも関わらず、他に比類なき実行効率を叩き出した結果となっています。スパコンにはその計算の対象となるターゲット、得意な計算対象があり何でもかんでも計算できるというものではありません。
今のランキングで使用されている評価基準(LINPACK)では「地球シュミレータ」は既に 31位まで後退した結果となっていますが、「地球シュミレータ」が計算している流体計算の能力で比較すると全く違った結果が出るでしょう。今でも一位かも知れません。「地球シュミレータ」が行っているような計算はスカラ型では出来ないだろうと想像しています。
欧米、特に米国は自分たちが優位に立てるようなルールを持って勝負するのが当たり前で、負けそうならルールそのものを変えてしまうのは朝飯前ですから、米国と同じルールで競争することにはあんまり意味がありません。それよりもスパコンを利用してどのような計算をし、その結果をどのように利用して産業の育成や環境保全を実現するか、そのための技術をどう作り上げるか、という面を捉えなければなりません。
世界のコンピュータメーカーの中でベクトル型のスパコンを作れるのはもう日本の NEC しか残っていないのではないかと思っていますが(日立さん、ごめんね!)、こうしたベクトル型でシュミレーションすべき対象を利用して日本の新しい技術分野を生み出して行ければ、世界を大きく引き離す技術大国を作ることも可能ではないかと思ったりします。

私たちは普段の生活のなかでこうしたスパコンの生み出すシュミレーション計算の恩恵を沢山受けています。天気予報や海洋の海流分析、地震対策などの地質探査、遺伝子解析、タンパク質の構造解析、物質の構造・特性解析、衝突の仮想実験、航空機の空気抵抗の解析、素粒子・原子核物理論計算、核融合シミュレーション、データマイニング、経済予測・金融工学、遺伝情報の解析・・・
こうした沢山の計算処理によって、新しい素材の安全性が検証されたり、新しい薬品による病気への取り組みが生まれたり、衝突事故における搭乗者の生存率が向上したり、もうありとあらゆる物にその恩恵を与えています。「ものづくり」の世界でも構造解析、流体解析、空力計算、様々な多変量解析などは規模は小さくともコンピュータの計算処理によって支えられています。特に今後注目されてくるのが様々な場面を可視化させたシュミレーションです。シュミレーションとは即ち解析・計算です。


Google が Google Chrome OS を発表しネットブックが将来的にもっと重要なアイテムとして普及する可能性が大きくなって来ていますが、こうしたクラウドの世界が普及することで、一般の企業のエンジニアや個人業者がクラウドに存在するスパコンのようなシミュレーション可能な環境を使える世界がやってくるかも知れません。これまでは大企業や東大のような研究機関しか使えないスパコンがもっと容易に使えるようになれば、日本の「ものづくり」は全てをシュミレーションして生み出される・・・というような世界に類を見ない産業構造を作れるかも知れませんね。
ランキングがどうなる・・というような「しょーもない」話ではなく、また、単に日本の技術が他国に遅れる・・というような一面だけを説明するのでもなく、日本の産業を活性化するための未来計画をしっかりと説明して、世界一の計算立国を作り他国の追従を許さない産業基盤を作り上げると言い切ってくれる政治家はいないのでしょうかね?
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