トヨタ自動車の豊田章男社長は撤退表明のインタビューで、「苦渋の決断をせざるを得なかった」「誠に残念ながら、F1 を続けることができなくなった次第でございます」「ご存じの通り、トヨタの経営は引き続き厳しい状況です」と語っています。
F1 では先駆者のホンダも昨年撤退を表明し今季からレースに参加していません。現在の経営環境を踏まえれば、両社の F1 撤退は経営判断としては間違ってはいないのだろうと思います。

今現在の自動車販売台数を見ると、自動車不況は底を脱したかのようにも見えますが、本格回復したとは言い難く、エコカー減税や買い替え促進の補助金制度に後押しされた面が大きいと言えるでしょう。これは欧米でも同じで補助金制度が販売を下支えした結果となっています。補助金制度が終わる来年からは、需要を先食いした反動が出る可能性が大きく指摘されています。つまり販売が落ち込むことも予想されるということで、事実米国では、新車買い替え支援策で 8月の新車販売は前年を上回る結果が出たようですが、支援が終わった 9月には再び前年割れとなっっています。
ホンダ、トヨタと言えども企業経営が成り立たないのであれば F1 からの撤退は仕方のない決断ですが、豊田章男社長は会見の中で「唯、こういう時だからこそ次の世代に何を残さなければならないのか、という原点に返り考えるべきだと思いました」「自動車を通じて豊かな社会づくりに貢献したいというのが、トヨタの創業時からの考え方であり、これからも自動車文化の一層の推進に向け、さまざまな活動を続けていきたいと思っております」と語っています。
ここにはトヨタの創業の理念があり、トヨタの考えがにじみ出ていると思います。
一方のホンダは 6月に前社長の福井威夫氏が雑誌のインタビューで「ホンダにとって F1 というものは、やるからには絶対に勝たなければならないもの」「全戦力をあげて戦っていくべきものだ、中途半端にやっても意味がない」という話をしています。ホンダにはその創業者である本田宗一郎の流れをくみ「モータースポーツ」への考え方にトヨタとは違うものがあることが分かります。
ホンダの F1 は古き良き時代の「戦うモータースポーツ」であり、トヨタの F1 は「マーケッティングのモータースポーツ」だと言っても良いと思います。もちろん実際に戦っているチームメンバーはそれこそ必死の戦いに明け暮れていますが、企業経営という世界から見たときの違いははっきりしているでしょう。
撤退会見で、トヨタ F1 チームの代表を務めてきた山科忠代表が、自らが育てたドライバー「小林可夢偉」の将来を案じ、今後について涙を流しながら悔しさをにじませた姿はそれなりに熱くなるものがありますが、経営の冷徹さには代えられない撤退する苦しみ、決断の厳しさを表しています。そして担当者は本当に必死でやって来たのだということを語ってくれています。
全てを賭けて行ってきた事を経営判断とは言え「撤退」を「決断」し、かつ、それを自ら「実行する」者の心の中はやはりその本人にしか分からない物があります。横で経営判断を述べる豊田章男社長の「苦渋の決断」という言葉を山科忠代表はどう受け止めたのでしょうかね。トヨタが F1 に参戦した当時の奥田社長は「やるからには、表彰台の頂点(優勝)を目指したい」と言ってましたが、その狙いは欧州をはじめ世界でのブランド力向上とエンジン開発技術および人材育成にあり、総合的なマーケッティング戦略の中に位置づけられていたもので、ホンダのように何が何でも勝つんだ・・というものではなかったのでしょう。「勝つ」ためならば「経験とノウハウ」がものをいう F1 の世界で全てを自前でゼロからスタートするような作戦は取らないと思います。
まして F1 の世界は人材の流動化がものすごく激しい世界ですから、いくらでもヘッドハンティングしながらノウハウを獲得し磨き合うという、生き馬の目を抜く世界ですからね。
そういった意味ではダイナミックさは違いますが私たちが住んでいる欧米の CAD/CAM/IT の世界と似ているとも言えます。この間まで A社で開発していたエンジニアがいつの間にか競合の B 社にいて、気がつくと A社も B社もまとめて C社に買収されていた。その後 C社の基幹エンジニアが D社を立ち上げ新製品を発表、すると C社が D社を特許侵害で提訴・・・、両社が争っている間に、E社が特許を回避した改良版を出してマーケットを握る・・と、実は世界の CAD/CAM 製品はごく一部の少人数のエンジニアがあっちへ行ったり、こっちへ来たりしながら過去の柵を切り離した製品を生み出すことで発展している・・というのは何時も言われている伝説です。まあ、事実その通りですが・・。
とにかく、現実はそうした F1 への思い入れの違いを超えて時代は大きく変わっているということを、このトヨタの F1 完全撤退というニュースが証明したということです。
今日現在で撤退を決めた(既に撤退したものも含めて)メーカーは、ホンダ、BMW、トヨタ、ブリヂストンとなっています。ルノーも幹部が緊急会議を開き F1 からの撤退について協議していると報じられています。ルノーに関しては来年までは参加するようにも思えますが、将来的にはどうなるか分かりません。今残っているのは、ルノー、メルセデス、そしてフェラーリということになってしまいました。
これはメーカーにとっての F1 の価値が大きく変わったということでしょう。
以前は F1 に参加することで培った技術を一般車に応用し車そのものの性能を改善することに意義があり、そのような取り組みを重ねながら勝っていくメーカーがステータスを獲得し、販売にも貢献するというストーリがあったと思います。ホンダはこの世界を「走る実験室」と言っていました。しかし現在ではそのような技術のフィードバックが殆ど必要ないところまで一般車の品質が上がり、レースとその名誉のためだけに経営が赤字でも F1 をやり続けるという意味が失われたということですね。また F1 の運営団体である FIA(国際自動車連盟)が主導する「レギュレーションの改悪」という事態も加わって、F1 そのものの魅力がなくなって来たということも原因に上がられます。みんな同じような車になってしまって、メーカーの競争ではなくドライバーの競争になってしまったところも大きいでしょう。そうしたことが F1 そのもののスピード感というか「スリリング」さを失わせてしまったとも言えます。結局自動車メーカーの技術力誇示の場では無くなったのですね。
そして、時代の変化とは「ガソリンエンジンのスピードを追及するという競技そのものが、クルマに環境性能や燃費を求める時代にそぐわないものになっている」「時代はハイブリッドや電気自動車にシフトし、ガソリン車の燃費向上が主なターゲットではない」ということですね。
FIA(国際自動車連盟)に規制され、思ったような技術開発が出来ない F1 に資金を投下する位なら、環境面・安全面の開発やハイブリッド、リチウムイオン電池技術、燃料電池の実用化などこれからの時代を勝ち抜くための技術開発に資金を投入することの方が重要だとトヨタもホンダも判断したと言えます。この点ではどちらも日本のメーカーだと思えるところが面白いところだと思っています。
F1 というのは世界の大陸を回りながら行われますが、所詮はヨーロッパのスポーツです。アメリカ人も F1 ではそれ程大きな力を持っていません。歴史を見れば分かりますがヨーロッパのお金持ちの道楽が物凄く発展したものだと考えても良いでしょう。そうしたヨーロッパ文化に根ざした F1 を利用して技術開発を進めたホンダや販売戦略を指向したトヨタの F1 との関わりは終わりを告げて、次の時代へと進んで行くのだということを強く感じています。
技術革新という物を目指すのであれば、今後はやはり「ゼロエミッション車の競争」というスポーツが出てきても良いと思います。動力は燃料電池で電池とモーターで走る車に限るというレギュレーションにし、スピードと同時に電池消耗率も競争項目に盛り込んで徹底的にエコとパワーの相関を競うような世界ですね。
ということに注目すると、以下に面白いニュースがあります。
Electric Motorcycle Racing Comes to California
これは電気バイクのレースがカリフォルニアで行われるというニュース記事です。
TTXGP eGrandPrix がゼロエミッションのレースを来年の5月に開催するというアナウンスをしています。
TTXGP eGrandPrix の創業者である Azhar Hussain は彼のサイトで「このレースが成功することでゼロエミッション技術が既に十分実用化されたレベルにあること、そしてそれはライダーと観客者の双方にとってスリルと情熱を傾けることのできる世界になっているということを証明できる」「また、Infineon レース場と協力し次世代のモータスポーツ技術の開拓者を支援することができるだろう」「競技を行うことで技術を改良することができるため、このレースが次世代の輸送技術を生み出していく一歩になると考えている。そして、我々は世界中の素晴らしい参加者を集い次世代のモータスポーツの夜明けを米国で始めるのだ」と言っています。
Azhar Hussain の記事はここにあります。





何だかんだと言ってもアメリカはこうして直ぐにレースを始める国です。とにかく動く物があると、そこに何らかのルールを決め、競争して勝敗を決める。そうしなければ落ち着かない国民だと言えますね。色々なもっともらしいストーリがあるにしてもモータースポーツの原点は競争してどっちが速いかを決め、勝った者を称賛する。この単純な世界なのだろうと思います。
アメリカには数々のモータスポーツがあり、毎日どこかで何かの競争が行われています。そういった意味では燃料を使いまくっているとも言えますが、燃料が使えないならば、使えないことを条件にして新しい競争を生み出して行くのでしょう。そこには F1 に見られるような大きな利権を伴うショービジネスの世界はあまりなく、とにかくやっている本人たちが何よりも競争を楽しんでいる。そんな世界があります。
ドイツで生まれ、アメリカで発展した自動車の世界を追いかけるため、日本のメーカーが各地のレースに参加した時代は終わり、環境と安全を考慮した車作りの先頭に立てるようになった日本の車産業は世界に新しい基準を打ち立てるような方向へと進んで行って欲しいものです。そして、こうしたモータースポーツへも単純にそのものを楽しむ方向で参加できるようになれば、もっとモータースポーツを身近に感じられるようになると思います。
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