
2010年が終わろうとしています。振り返ればこの一年いろいろな事があったような気がしますが、やはり月日の過ぎるのは早いですね。
「ゆく年、来る年」と書きましたがこれは「ゆく年くる年」という 日本の NHK の放送番組のタイトルとして親しまれてきた言葉ですね。毎年大晦日になると、除夜の鐘と共に自然と思い起こされてくる言葉となっています。でも、最近の若い世代にはそういった印象はないでしょうね。
私が子供のころは、大晦日になると「レコード大賞」を誰が取るかに注目し、その後 NHK の「紅白歌合戦」を TV で見て、そして歌番組の騒がしさが一瞬にして「静寂」に変わるような「ゆく年くる年」を見ながら年を越しました。その後初詣に行ったり、初日の出を見に行ったりと、忙しくも平和な時代だったようにも思います。まあ、無邪気にそうした TV 番組を見ながら一方的に流されてくる情報に一喜一憂しながら未来を見つめて行く。そうした時代が確かにありました。
今は、このブログもそうですが、インターネット全盛の時代となり、情報には沢山の方向性があることが明らかになって来ています。昔は情報といえば新聞や雑誌、TV の報道番組や書籍からしか得られませんでした。そして無邪気にもそうした情報は何時も正しく事実が報道されていると思っていました。しかし、いろいろな情報をインターネット等を通して自力で収集してみると、一方的に流される情報には必ずバイアスがかかっていて一般の国民に知らせたくない情報は決して流れないように操作されていることが分かってきました。

「本当はどうなっているのだろう?」と疑問を持ち、色々な方法でその内容を調べることで随分沢山のことが分かるものだと感じています。それだけではなく 2010年には「尖閣ビデオ」、「警視庁などの国際テロに関する内部資料の流出」や「ウィキ・リークス」による国際情報の暴露、2010年末には Twitter での呟きに端を発した「大桃美代子と麻木久仁子の不倫問題」など、情報の発信元がもうマスメディアを完全に超えている状況にとなっています。
これは既存メディアがこれまで持っていた「情報を作り、流し、世論を形成する」という役割は既に終わり、発信の主体が完全に国民の側に移動していることを示しているのでしょう。このことに気づかないメディアはこの先数年で消滅(自滅)することになるでしょう。
さて、2011年はどのような年になるかそれは誰にも分かりませんが、これまで以上に一般人からの情報発信が行われ、各方面の権力者(権利者)が全てを統制することは不可能であるという事実が広く世界中の国民に知らされることになると思います。
そうした情勢を踏まえて、2011年はもう少し広く軽く、かつ、突っ込んだ内容を発信したいと考えています。皆様も良いお年をお迎えください。